起業はそんなにキラキラしたものなの?父と義父の起業人生で思うこと

 

起業がブームのようになっている。

わたしも、女性起業家のカテゴリーに入れられることがあるが、わたしは起業家ではない、と思う。ママ起業やらプチ起業やら、起業ってそんなにキラキラしたものなんだろうか?

起業することは簡単だ。起業しました!って言えば起業家になれるんだから。でも、事業を継続するのは簡単なことではない。起業家じゃないわたしが偉そうなことは言えないけれど。

 

今の時代は、起業は社会のために業を起こすこと、だと思うのだ。女性の場合、専業主婦で夫に頼らず『経済的自立』を目的とするケースもあるけれど、経済的自立は結果であり、目的ではない。

お金を目的としてしまうと、『月商◯◯万円稼ぎました!』とかいうのに騙されるのがオチなので、気をつけた方が良い。

ただ、昔は『◯◯万円稼いだ』というのがステイタスの時代だったかもしれない。

 

 

わたしの父も主人の父も、起業家である。

 

わたしの父は35年間会社経営をしていたが、数年前のリーマンショックの影響で会社をたたむことを余儀なくされた。当時父は65歳。世間では定年退職の年。

まだまだ若いし、まだまだ働ける。でも、従業員のためにこれ以上負債は増やせない。苦渋の決断だったと思う。

 

小学校高学年の時、当時に住んでいたわたしの家の片隅に、事務用机とプッシュホン(当時は珍しかった)が表れた。この電話が鳴ったら『◯◯工業です』って取るんだよと母親に言われて、何か新しいことが始まったんだと認識した覚えがある。

それから35年、子どもながらに山あり谷の経営だったのは知っている。母もとても苦労したと思う。父はワンマン社長だったようだし、家庭よりも会社を優先してきたと思う。

それでも、存続できなくなったのだ。当然、都内の家も高級外車もすべて手放した。わたしは実家がなくなってしまった。

 

父の仕事のやり方は古かったのかもしれない。業界の慣習も多々影響しているとは思うけれど、もしかしたらもっと賢いやり方があったのかもしれないと思わなくもない。

わたしたち姉弟に十分な教育を受けさせ、都内に一軒家も建て、成功者として見られた時もあった。

でも、会社をたたむにあたり方々に迷惑をかけたであろうが、だれからも恨まれなかったのは父の人望だと思う。ワンマンでも、従業員や取引先には信頼されていたんだな。だから35年間も続けて来れたんだなと思う。

 

今は、年金で生活している。幸い母もお給料をもらっていたので一般のサラリーマンの年金よりは少し多く貰っているようだ。それでも、今までのような贅沢はできないが、父は『カネの心配をしなくてよくなった』と言っている。まあ、父は自分の思うようにやってきたからそれで良いだろうけど、母のことを思うとわたしは胸が痛い。

主人はわたしの両親にとても優しく、本当に良くしてくれるので、わたしも母も感謝している。

 

一方義父は、賢い経営者だったようだ。今も85歳で健在で、口を開けば『早く死にてえ』と言っている強者(笑)。

主人によると、いろいろな事業を起こしていたらしい。金貸業から輸入販売など。わたしと結婚する時は小料理屋を経営する傍ら、マンション経営もしていた。

わたしの実家と同じように、きっと義母も苦労したんだと思う。女って強いのね。

 

義父は事業が上手くいってなかったわけではないが、バブルが弾けて数年後に小料理屋をたたみ、マンション経営だけ残して半分隠居生活を始めた。夫婦二人で海外旅行をしたり、ゴルフをしたり楽しんでいたが、今は年を取ってゆるゆる生活している。頭がいい人なのだ。

 

父と義父。負け組と勝ち組?。

この二人の仕事人生を比較してもなんの意味もないと思う。どっちが成功者か、どちらが今幸せかなんて誰にもわからない。

ただ、今の起業ブームとは違う次元だというのは確かなこと。

 

冒頭で、起業は簡単に始められると書いたけれど、本当は簡単に始められることではないんだと思う。今はインターネットが普及して、だれでも小さいながらもビジネスが始められるようになったから、とても簡単のように感じるだけだ。

小さくてもやることは同じ。お金がなくなったら続けることはできないのだ。

 

特に、趣味起業みたいな女性起業家はこれから収束していくんじゃないかな。生活するためにお金が必要なら、起業より就職先を先に見つけた方が良いと思う。わたしだって、もし今、夫がリストラされたり無職になったらパートに出るわ。それが現実。

そういえば、夫は休職していたこともあったし、1年の無職時代もあったんだ。でも、なんとかなるものよね。わたしも強い女なのかしら(笑)このことは、また気が向いたら書こうっと。