「震災がきっかけで◯◯しました」じゃないわたし。

 

東日本大震災から5年が経った。3月11日からは数日経過してしまったけれど。

わたしが震災について語ることなどなにもないと思っていた。なぜなら、特別になにかした覚えもないし、してもない。誰もがしていたであろう募金や少しの寄付、その程度しかしていないから。

 

 

21年前の阪神淡路大震災の日、の翌日、わたしは娘を出産した。東京で。

1月17日の朝、ニュースを見ながらとても恐くなった。もし今東京にも大地震が起きたらどうしよう。陣痛が来たらどうしよう。

自分のことしか考えられなかった。わたしと同じように妊産婦もいただろうに、そこには思いを寄せることができなかった。

事実その日の夜中に陣痛が来て病院に行ったのだが、世間では震災のニュースで大騒ぎにもかかわらず、わたしは自分の初めての出産で大騒ぎだった。

 

その後、16年が経過し、東日本大震災が発生した。

この震災をきっかけに、生活や考え方が変わったと言う友人や仕事仲間も多い。ボランティア活動に熱心な友人や、この震災をきっかけに新しい事業を始めた友人。

わたしはというと、何か変わったのだろうか?

ひとつ変わったとしたら、各メディアから流れてくる情報ー狭い日本の中で自分の想像をはるかに超えた体験をし、自分が感じたこともないような重いストレスを、小さい子どもですら受けてしまったことーに過剰に反応してしまうこと。

それから、自分は身近な家族が一番好きで一番大事なのだということもわかった。

 

だからといって、「震災がきっかけで◯◯を始めました」と言えることは何もしていないし、特に口に出して言うほどのことなどなにもない。

ここであえて口に出すとしたら、前述した志高い友人たちの活動を応援することや、「物を買わない」のではなく、「どこで買うか」「誰から買うか」という意識を持って消費する、くらいか。

 

大きな災害や出来事は、自分の何かを突き動かすエネルギーに代わる。

その動きは人によって違う。わたしの場合は自分にしかわからない小さな変化だったのかもしれない。