自分から信用することは大事だけど自分から離れることも大事

昨年、信頼していた人から誹謗中傷メールをもらった

どうも私は人のことを信じやすい。というより、目の前の人を疑わないところがあるようだ。

自分では疑い深いタチだと思っているんだけど、人は大抵「自分で思うほどではない」もの。私も例外ではないのだ。私は人を信じやすい。

で、昨年は人を信じやすいという私の性質が裏目に出た。

仕事仲間だった人から複数の関係者のCCをつけて誹謗中傷のメールを受け取ったのはショックだった。

数年前から付き合いがあり仕事もいくつか一緒にして、表立ってもめたことはなかったはず。最初は別人ではないかとさえ思った。

おそらく関係者にCCをつけることによって自分の身を守ったのだろうと思われるが、理由はなんにせよ私には突然のことであり弁護士にも相談した。

明確な根拠もなく一方的。訴訟を起こすことは可能だが今は放置することに。その後事情が変わればわからない。

「私は人を見る目がない」「人を疑わない私が悪い」と落ち込み、人に対して不信感を持ちそうになってしまった。

 

信用できないと思ったらすぐに離れる

長く生きていれば誰だって信頼してた相手に疑問を抱くことも、逆に抱かれることもある。途中で相手を不信に思ってしまうきっかけってあるわけだわよ。

そんな時に相手と話し合っても疑いが晴れないなら、キッパリ離れてみるのが良いと思う。

誹謗中傷メールを送った相手はそれっきりメールは送ってこない。どんな理由があるにせよ、もう信用できない。

相手を信用できないのにそれ以上付き合っても1ミリもお互いのためにならないから執着しない方が良いのだ。

 

離れると必ず次のステージに上がる

信用できないというほどじゃなくても、なんとなく合わない仲間、居心地の悪いグループ、あるよね。そういう場所や人と無理して合わせてることはないんだよ。

そう自分が感じる場所や人とは良いことは起きないと思うから。

実感しているのは、疑問を持った場所や人から離れると必ず次のステージに上がるということ。仕事でもプライベートでもそうだった。

次のステージに上がると言っても、そうなるように普段から自分で開拓していることが大事。

でも、そんなに構えることはない。離れることができる人はちゃんと自分で開拓できてる人だし、して来ているはず。私もそうして来た。

 

自分を信じてくれる人と付き合えばいいだけ

人を疑うより信じたい。自分から人を信用しないと何も始まらないし、自分のことも信じたい。

それに、第一印象が著しく悪くない限り、大抵目の前の人のことを信じるものよね。そこからが始まりだもの。

信じたことが結果的に間違いでも、自分を裏切ったり欺いたりする人と出会ってしまっても、自分を責めずにいよう。

友達には「自分が感じたことを信じて突き進むあなたはすごいよ。」そう言われた。すごく嬉しかったし自分のことを理解してくれる人が一人でもいればそれでいいじゃないかと思った。

そういう人たちに感謝の気持ちを忘れないでいれば、また次のステージでがんばれる。

ブログを書いてる人

もち月りえ
もち月りえウェブ&ブランディングコンサルタント。フリーランス。
ウェブが苦手な小規模事業者、経営者にウェブ集客の本質を伝え、ブランディングに繋がる発信をサポートしている。戦略的な外見ブランディングのため「装力」を勉強中。
趣味はテニスとゴルフとピンタレスト。最近は大人のピアノに挑戦中。
ウェブ集客のブログ:https://salonese-kigyo.com/

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